すっかり日も暮れ、辺りは闇に包まれている。
そんなアチェスタの町の一角にある小さな酒場は、酒場とは思えないほどの静けさを保っていた。
原因は、客が一人の少女しかいないから。正確に言ってしまえば、その少女が客として入っているから、になるのだが。
少女はとても目立った。美しい容姿を持ち、腰まで届く長い銀髪も十分に目を引くものがある。
ただ、彼女の右目はさらに目立った。まるで竜を思わせるような、縦長の瞳孔を持つ金色の目なのだ。
竜眼のエリス。この町で、彼女の名前を知らぬ者はいない。
そんなエリス自身は、酒が特別好きと言うわけでもない。ただ、時々飲みたくなるのだ。
彼女が所属するギルド、ドラゴンスレイヤーにも酒場としての機能はある。
しかしそこで酒でも飲もうものなら、エリスの親代わりをしているギルドのマスターに何を言われるか分からない。
最近では突然家に転がり込んできた居候のせいで、ますます酒を飲みにくい環境下に置かれつつある。
それでも、ふと酒を飲みたくなる瞬間がある。
だから、こっそりと家を抜け出して来たのだ。
一人で酒を飲む時間が、今ではすっかり貴重なものになっていた。
エリスに最初に酒の味を教えたのは、彼女が記憶している限りでは父親になる。
「お父さん、何飲んでるの?」
ある時、エリスは父が晩酌をしているのを不思議に思ってそう尋ねたことがある。
そして子供心に、父が飲んでいるのだからきっとおいしいものだと思った。
「エリも飲みたい~」
あの頃は、とにかく父のやることは全てまねしないと気がすまなかった。
そんな娘の気持ちを知っていたのか、それとも酔っ払った勢いか。
父は笑いながら、エリスに飲んでいたコップを差し出した。
エリスは早速それを飲んで見たのだが。
「けほっ、けほっ」
当然小さな子供に酒の味など分かるはずもなく、一口飲んですぐにむせてしまった。
父は目に涙を浮かべならむせる娘を抱き上げると、優しく背中をさすってやった。
あの頃は、どうしてあんなに苦いものがのめるのか不思議でしょうがなかった。
今では、何となく父の気持ちが分かるような気がした。
一緒に飲んでみたかったな。
もはや叶わぬ思いを胸に、エリスはゆっくりとグラスを傾けた。
静かに、夜だけが更けていく。
そんなアチェスタの町の一角にある小さな酒場は、酒場とは思えないほどの静けさを保っていた。
原因は、客が一人の少女しかいないから。正確に言ってしまえば、その少女が客として入っているから、になるのだが。
少女はとても目立った。美しい容姿を持ち、腰まで届く長い銀髪も十分に目を引くものがある。
ただ、彼女の右目はさらに目立った。まるで竜を思わせるような、縦長の瞳孔を持つ金色の目なのだ。
竜眼のエリス。この町で、彼女の名前を知らぬ者はいない。
そんなエリス自身は、酒が特別好きと言うわけでもない。ただ、時々飲みたくなるのだ。
彼女が所属するギルド、ドラゴンスレイヤーにも酒場としての機能はある。
しかしそこで酒でも飲もうものなら、エリスの親代わりをしているギルドのマスターに何を言われるか分からない。
最近では突然家に転がり込んできた居候のせいで、ますます酒を飲みにくい環境下に置かれつつある。
それでも、ふと酒を飲みたくなる瞬間がある。
だから、こっそりと家を抜け出して来たのだ。
一人で酒を飲む時間が、今ではすっかり貴重なものになっていた。
エリスに最初に酒の味を教えたのは、彼女が記憶している限りでは父親になる。
「お父さん、何飲んでるの?」
ある時、エリスは父が晩酌をしているのを不思議に思ってそう尋ねたことがある。
そして子供心に、父が飲んでいるのだからきっとおいしいものだと思った。
「エリも飲みたい~」
あの頃は、とにかく父のやることは全てまねしないと気がすまなかった。
そんな娘の気持ちを知っていたのか、それとも酔っ払った勢いか。
父は笑いながら、エリスに飲んでいたコップを差し出した。
エリスは早速それを飲んで見たのだが。
「けほっ、けほっ」
当然小さな子供に酒の味など分かるはずもなく、一口飲んですぐにむせてしまった。
父は目に涙を浮かべならむせる娘を抱き上げると、優しく背中をさすってやった。
あの頃は、どうしてあんなに苦いものがのめるのか不思議でしょうがなかった。
今では、何となく父の気持ちが分かるような気がした。
一緒に飲んでみたかったな。
もはや叶わぬ思いを胸に、エリスはゆっくりとグラスを傾けた。
静かに、夜だけが更けていく。
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「ばーちゃん、ばーちゃん」
ある日の昼下がりのこと、家の中をぱたぱたとあわただしい足音が響き渡る。
「どうしたんだい、アッシュ」
祖母はそれまで編み物をしていた手を一旦止め、傍にやってきた孫の話に耳を傾ける。
「あのね、ボクおとこのこだよね?」
孫からの妙な質問に、祖母は目を丸くした。
「当たり前じゃないかい」
しかし、直後にふと感づいた。
「友達に何か言われたのかい?」
その言葉に、アッシュは質問をした理由を話した。
いわく、友達の一人から男の子が料理や裁縫を習うのはおかしいと言われたそうで。
アッシュは日頃から祖母と一緒に家事を手伝うのが習慣なのだが、どうやらそれを笑われてしまったらしい。
「別におかしいことじゃないさね」
祖母はそう言うと、孫をひざの上に抱きかかえた。
「家事は一通り出来て損はしないさ、今からやっておけば将来きっと役に立つさね」
アッシュの両親は、ほとんど自宅にいない。薬草採取という名目の元、大陸中を駆け回っているためだ。
そのため、家業の薬屋も弟子達にまかっせきりだったりする。
「だから、何にも心配することはないさね」
アッシュが積極的に祖母を手伝うのも、彼なりの優しさなのだと彼女は理解している。
だから、そんなことで孫の心に傷を残したくはないのだ。
「ほんと?」
その言葉に、アッシュはほっとしたような表情を見せた。友達に笑われてショックだったからだろう。
「ほんとさ」
と、祖母もにこやかな表情で孫の頭を撫でてやった。
それから時は流れ。
成長したアッシュは現在居候先の家で、毎日家事をこなしている。
ある日の昼下がりのこと、家の中をぱたぱたとあわただしい足音が響き渡る。
「どうしたんだい、アッシュ」
祖母はそれまで編み物をしていた手を一旦止め、傍にやってきた孫の話に耳を傾ける。
「あのね、ボクおとこのこだよね?」
孫からの妙な質問に、祖母は目を丸くした。
「当たり前じゃないかい」
しかし、直後にふと感づいた。
「友達に何か言われたのかい?」
その言葉に、アッシュは質問をした理由を話した。
いわく、友達の一人から男の子が料理や裁縫を習うのはおかしいと言われたそうで。
アッシュは日頃から祖母と一緒に家事を手伝うのが習慣なのだが、どうやらそれを笑われてしまったらしい。
「別におかしいことじゃないさね」
祖母はそう言うと、孫をひざの上に抱きかかえた。
「家事は一通り出来て損はしないさ、今からやっておけば将来きっと役に立つさね」
アッシュの両親は、ほとんど自宅にいない。薬草採取という名目の元、大陸中を駆け回っているためだ。
そのため、家業の薬屋も弟子達にまかっせきりだったりする。
「だから、何にも心配することはないさね」
アッシュが積極的に祖母を手伝うのも、彼なりの優しさなのだと彼女は理解している。
だから、そんなことで孫の心に傷を残したくはないのだ。
「ほんと?」
その言葉に、アッシュはほっとしたような表情を見せた。友達に笑われてショックだったからだろう。
「ほんとさ」
と、祖母もにこやかな表情で孫の頭を撫でてやった。
それから時は流れ。
成長したアッシュは現在居候先の家で、毎日家事をこなしている。