ピカッ! どーん……!
「あー……しまった」
顔にかぶせた本が落ちる。寝起きの寝ぼけ眼で頭をかく仕草。雨が降り始めたと思って、腰を上げた頃には豪雨。蒸し暑かったから来るかなとは思ってた。ただ、それは言い訳になってしまったようである。
洗濯物を部屋の中に放り投げて、びしょびしょになった白い髪を、びしょびしょのちょっと手前のバスタオルで拭き、寝癖のなくなった髪を後ろで束ねる。
どうせ汗をかいて着替えるつもりだったから、と、苦笑しながらシャツを着替え、本を拾い上げ机に置き、洗濯物は部屋に吊るす。それからソファーに腰掛けて、本を手にしたところで動きが止まる。
「……夕立か」
黒い空を見上げてから玄関へ。少し立ち止まってから靴をはく。傘は二本。一本は広げて右手に、もう一本は閉じたまま左手に。
轟々という詞がぴったりなどしゃ降り。傘の持ち主こそどこ吹く風と微笑んでいるが、ズボンと傘は何かの冗談に思えるほど現在進行形で濡れている。
一日の時間の中だとちょっとの間の、嘘のような大雨。いっそ潔いまでに降る雨は少し心地よいほど。真っ黒な空があと数十分で夕焼けに変わると思うと、またそれも不思議な出来事に思える。
しばらくしてから足が止まったのは赤レンガ造りの古く大きな洋館、町の図書館の前。それから時計塔に目を移して微笑むと、ゆっくり傘を閉じる。
雨の音に耳を澄まし、でも洋館の中には入らずに入り口で立ち尽くす。出入りはほとんどない。たまーに入り口まで来てうんざり顔で引き返す人がいる程度。
「あと二、三分くらいか……うーん、先にあがるかなあ……ぎりぎりか?」
雲行きを見る。あたりを見回す。次第に人が増え、流れていく。もう一度空を見る。少し雨の勢いが無い。
「帰ったかな……ん?」
視界が突然真っ暗に。小さな手のひらの温もりと、がまんしている笑い声はいつものこと。
「ユエ?」
「だーれ……マクさん、早すぎますよ!」
「誰かさんの悪戯には慣れててね。これから帰り?」
「はい。えっと……マクさんは?」
予想していなかったお迎えに、少女が遠慮がちに尋ねる。
「下町に用事があってね、たまたま通りかかったところ。一緒に帰る?」
びしょびしょの姿で傘を二本もってその台詞。けれど本人は大真面目。ユエの視線が二本の傘に下りたところで、ようやく墓穴を掘ったと気付いているありさま。
「はい。いつもありがとうございます。でも、雨、止んじゃいましたね?」
満面の笑顔でお礼をする少女を見て、白髪が照れ隠しに目を泳がせる。ただ、袖を引く手はちゃんと握り返していた。
「あ、マクさん、綺麗な虹ですよ」
綺麗な大きな虹。それを指差す少女を見て、白髪は満足げに微笑んでいた。
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「あー……しまった」
顔にかぶせた本が落ちる。寝起きの寝ぼけ眼で頭をかく仕草。雨が降り始めたと思って、腰を上げた頃には豪雨。蒸し暑かったから来るかなとは思ってた。ただ、それは言い訳になってしまったようである。
洗濯物を部屋の中に放り投げて、びしょびしょになった白い髪を、びしょびしょのちょっと手前のバスタオルで拭き、寝癖のなくなった髪を後ろで束ねる。
どうせ汗をかいて着替えるつもりだったから、と、苦笑しながらシャツを着替え、本を拾い上げ机に置き、洗濯物は部屋に吊るす。それからソファーに腰掛けて、本を手にしたところで動きが止まる。
「……夕立か」
黒い空を見上げてから玄関へ。少し立ち止まってから靴をはく。傘は二本。一本は広げて右手に、もう一本は閉じたまま左手に。
轟々という詞がぴったりなどしゃ降り。傘の持ち主こそどこ吹く風と微笑んでいるが、ズボンと傘は何かの冗談に思えるほど現在進行形で濡れている。
一日の時間の中だとちょっとの間の、嘘のような大雨。いっそ潔いまでに降る雨は少し心地よいほど。真っ黒な空があと数十分で夕焼けに変わると思うと、またそれも不思議な出来事に思える。
しばらくしてから足が止まったのは赤レンガ造りの古く大きな洋館、町の図書館の前。それから時計塔に目を移して微笑むと、ゆっくり傘を閉じる。
雨の音に耳を澄まし、でも洋館の中には入らずに入り口で立ち尽くす。出入りはほとんどない。たまーに入り口まで来てうんざり顔で引き返す人がいる程度。
「あと二、三分くらいか……うーん、先にあがるかなあ……ぎりぎりか?」
雲行きを見る。あたりを見回す。次第に人が増え、流れていく。もう一度空を見る。少し雨の勢いが無い。
「帰ったかな……ん?」
視界が突然真っ暗に。小さな手のひらの温もりと、がまんしている笑い声はいつものこと。
「ユエ?」
「だーれ……マクさん、早すぎますよ!」
「誰かさんの悪戯には慣れててね。これから帰り?」
「はい。えっと……マクさんは?」
予想していなかったお迎えに、少女が遠慮がちに尋ねる。
「下町に用事があってね、たまたま通りかかったところ。一緒に帰る?」
びしょびしょの姿で傘を二本もってその台詞。けれど本人は大真面目。ユエの視線が二本の傘に下りたところで、ようやく墓穴を掘ったと気付いているありさま。
「はい。いつもありがとうございます。でも、雨、止んじゃいましたね?」
満面の笑顔でお礼をする少女を見て、白髪が照れ隠しに目を泳がせる。ただ、袖を引く手はちゃんと握り返していた。
「あ、マクさん、綺麗な虹ですよ」
綺麗な大きな虹。それを指差す少女を見て、白髪は満足げに微笑んでいた。
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