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2025/06/07 12:05 |
ドラ娘と夕立

 大陸西部の街道は、南部へと枝分かれしていた。Y字路には木製の看板があり、それぞれの行き先のほかにいくつかの注意事項が書かれていた。

 

「東、トリティオン。その北には生命の欠片もない不毛の砂漠、南には異形蠢く『屍鬼の森』、東には蛮族の領土テルノーン山脈。その先には恐るべき大汚染域。戻るタイミングを間違えるな」
「南、魔術都市レインバックと、レインバック共和国。知識を求めるものに幸いあれ。されど、その身に刻まれる可能性も忘れるなかれ」
「北西、十字路の街ヴィルヘルム。ここより大陸西部←レインバックは西部で無いと?」

 

 看板より南。レインバックへ向かう街道を二頭立ての馬車が進んでいた。幌付きの馬車は鉄製の枠がつけられており、かなり上等なつくりだ。引く馬は若くは無いが骨が太く、荷馬としては優秀な部類に入るだろう。
 しかし午前中からのうだるような暑さに、流石の馬もへたっており、それ以上に馬の横を歩く防塵衣の人影の消耗が激しかった。
「おいおい、お前は山脈の生まれだろ? 暑いのはお手の物じゃなかったのか?」
 御者をしている禿頭の男のからかい混じりの声に、防塵衣の人影はうろん気に振り返る。声を出すのも鬱陶しそうに、フードの中の額を拭う。
「暑いのは平気だよ、平気なはずなんだけど、何でこんなに汗が出るのかな? ちょっとおかしくない?」


 防塵衣の中から漏れた声は少女のもので、馴れない湿度への戸惑いが色濃く出ていた。彼女のこれまで過ごしてきた世界は湿度とは無縁であったのだ。テルノーン山脈は地肌の目立つ赤い山脈で、彼女が暮らしていたランディック大山は、その中でも特に荒廃していた。
「馬車で休んだらどうですか?」
 馬車の幌内からたおやかな声。しかし防塵衣の娘は首を振った。
「ただでさえこの暑さだ。馬だって楽じゃない。定員越えて潰したら後々困る」
「すみません……」


 まったくの正論に、馬車の声が尻すぼみになる。
「あいつの言うことも最もだが、あんたが謝る必要は無い。あー、ユフィさん?」
「ルーシィです」
「……失礼」
 禿頭を掻く御者、防塵衣の娘が噴き出した。
「間違えんなよな」
「わるかったよ」
 憮然とする御者。馬車の中からは困った雰囲気。
「あ、あの。私たち声も良く似てますんで、間違えられるのは慣れっこですから!」


 あまりにも必死な様子に、御者と娘が微笑む。
「あ、空が曇ってきましたよ。雨が降るかも」
「ほう、よく知っているな」
「ええ、その。昔うちに勤めていた庭師に……あッ!」
 誤魔化しのはずが秘密にしていることをついこぼしてしまい、落ち着かないルーシィ。隣で眠る妹を恐る恐る覗き込み、彼女が完全に夢の世界にいることを確認してほっと一息。そして囁き声で二人に。
「いまのは、妹には言わないでくださいね?」
 笑い顔で頷く御者と違い、防塵衣の娘はなぜか慌てた様子だった。
「雨が降るのか? 馬を守る道具は? 濡らすわけにはいかないだろう」


 御者とルーシィは顔を見合わせ首をかしげた。娘が何を慌てているか分からないのだ。と、遠くの空が光を放ち、数瞬後に轟音が響いた。
「きゃん!」
 子犬のような悲鳴をあげ、ルーシィが御者に飛びつく。御者は彼女の頭を軽く撫でると、馬車の中に押し返した。
「ああ、振りそうだな。少しは涼しくなりそうだ」
「いいから、何か無いの!? 馬が死ぬぞ!」
 怒鳴る娘、その慌てように御者は気圧されたが、すぐに気づいたように眉根を寄せた。
「……雨は、毒じゃないぞ?」


「え?」


「で、でも大汚染域はこんな感じの嫌な暑さで、雨が降ったら肉が溶けて……」
 しどろもどろとする娘、御者とルーシィは再び顔を見合わせ笑った。憮然とする娘を代弁するかのように再度雷鳴が響き、ルーシィは御者に抱きつき、そして自分がどれだけはしたないことをしているかに気付いて目を白黒させた。
 暗くなった空を見上げた娘の頬に冷たい雫が当たり、娘はそれを拭って舐めてみて、ただの水であることに感嘆した。

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2008/08/18 12:48 | Comments(0) | TrackBack() | R2OS

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