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2025/06/07 20:31 |
ふたりと夕立。
 ひどい雨だった。
 四時を過ぎるあたりから嫌な色の雲が西の空に広がっていると思っていたが、それにしてもひどい。突然の叩きつけるような豪雨。視界はアスファルトを跳ねる微酸性の踊り子達の肢体で遮られ、耳は雨粒が奏でる百億の足音を拾うのに忙しい。
 だが、彼にしてみれば行幸であり、救いの雨に他ならなかった。
 長い前髪が顔に張り付くのを、鬱陶しげにかき上げ、彼は荒い息を落ち着けた。服の上を這いまわる雨粒たちは無害。対して、彼を追う子供たちは有害だ。何とかしなければならない。どうにかして逃げるのだ。追いつかれたら終わりだ。なんとしても逃げ切らなければならない。
 ああ。
 彼は眼球に雨粒が飛び込むのを恐れずに荒天を仰いだ。そうだ。逃げられる。
「オレには〈かまいたち〉がついてるじゃないか!」




 〈足切り怪物〉が新聞に登場したのは二週間前。
 商店街を歩いていた会社員の足首が突然落ちたのが発端だ。
 周囲に怪しい人影は無く、凶器も見つかっていない。会社員の足は鋭い刃物で骨ごと切断され、商店街では突然の惨事に騒ぎが起きた。しかし人間の犯罪とは思えず、新聞社よりオカルトや宗教団体のほうが騒いだ。事故か、怪奇現象か。ネット上でも騒がれた。
 そして、その九日後。深夜の駅前で高校生の少年がバイクの事故で重傷を負った。ぞっとする事に、彼は事故の直前に片足を失っていた。この件は警察に事故として処理され、当地の新聞の三面に小さな記事が載るに留まった。
 しかしその四日後。三流オカルト雑誌が、二つの事件をつなぎ合わせ、さらに過去三十年の間に、近辺で似たような現象が二十件以上発生したことを発表。オカルト的な力が原因だと騒ぎ立てる。
 翌日。その雑誌の記者の足が落ちた。それと同時に圧力を受け、雑誌はその件から撤退。他の事故や事件の中で、そんな事件は誰もがすぐ忘れた。
 当事者を除いて。


 雑誌記者の書いた記事によると、〈足切り怪物〉が初めて登場したのは二十九年前。近所の小学校の運動会の最中だった。
 締めを飾るリレーの最中に、先頭を走っていた少年の脛が裂け、転倒したのだ。
 〈足切り怪物〉のそれとは違い、表皮と肉が傷つく程度の傷だった。少年はすぐに病院へ行き、五針縫った。次は二年後、近所の中学校の体育教師。翌年、陸上部の三年生。二年後、札付きの不良。〈足切り怪物〉のつける傷はだんだん大きくなり、そのころには骨を傷つけるほどだった。
 記者は、かまいたちのような現象だと書いていた。超自然的な現象だという固定概念が働いたのだろう。しかし、一部の人間は慄然とした。これは、人間の仕業だ。



 かくして、会社員が足を落として二週間。バイク事故から五日。雑誌掲載の翌日。記者が病院に搬送されて三時間の段階で、犯人が市内に住む三十五歳の元派遣社員で、足を落とした会社員は、二週間前まで彼の上司だったことが判明した。
 そして、三十五歳の男は危険で無益な超能力者だと断定され、狩りが行われた。


「〈かまいたち〉オレを守ってくれ」
 彼は、ずっとその能力に助けられてきた。運動会のときも、彼の前を走っていた奴を〈かまいたち〉が排除してくれたし、変態だった体育教師の手からも逃れられた。ライバルも排除してくれた。不当解雇した上司も、邪魔な不良も追い払った。
 大丈夫。今回も大丈夫。
 あの、三色と白黒の、不気味なふたり組みの外国人も〈かまいたち〉がきっと何とかしてくれる。だから、大丈夫―――


「―――そんなはず無いだろう」
 冷たい声に、彼は悲鳴を上げた。目の前には神父みたいな服を着た白髪で黒い肌の子供。足は……? 無傷だ。なぜ? なぜ?
 次の瞬間、黒い少年の足元で大量の雫が跳ねた。水溜りに飛び込んだような勢いに、彼は顔をかばい。そして少年がまったく濡れていないことに気付き、さらに、その身体を覆うように「なにか」があることを理解して、絶叫した。
 土砂降りの夕立が彼の恐怖も、絶望も覆い隠す。声はどこにも届かない。逃げようと振り返った先に、緑の髪の少女の影を見つけ彼は足をつんのめらせた。顔面からアスファルトにつっこみ、顔中を血と汗と涙と鼻水と泥と砂利で汚して、命乞いをした。





 少年は無慈悲だった。
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2008/08/10 12:28 | Comments(0) | TrackBack() | R2OS

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