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2025/06/26 20:24 |
ドラ娘と猛暑

 大陸西部の街道を少し外れたあたりに、二頭立ての馬車が止まっていた。
 幌付きの馬車は鉄製の枠がつけられており、かなり上等なつくりだ。引く馬は若くは無いが骨が太く、荷馬としては優秀な部類に入るだろう。
 馬たちはくつわを外され、小川の水を飲んでいた。手綱を持つ禿頭の男は体格が良く強面で、頭部と胸に翼手竜の刺青を入れていた。強い日差しが降り注ぐ中、男は手ぬぐいを水に浸し、器用に体を拭いている。
 馬の外された馬車の御者台には少年が座っていた。砂漠の民が身に付けるターバンと防塵衣は、傍目には暑そうだったが本人は涼しい顔だ。



「……よろしければ、お名前を教えてくださいませんか?」
 彼らから少し上流で、三人の女が水と戯れていた。川岸に腰掛け、白い脚が六本並んでいた。金髪碧眼の二人は姉妹だろうか、幼さの残る方の編み上げた髪を、もう一人が丁寧にほどいている。そして彼女らより一回り若い娘は、病的に肌が白く、直射日光は危険そうに見えた。
「ランディックに生を受け、部族は出奔した。父は私を裏切り、母は顔も知らぬ。そんなドラ娘だ」
「ドラ……?」
 白い娘の応えに、姉妹の姉が小首を傾げる。恐らく正式な名乗りをされたのだろうが、ドラ娘?
「東方の言葉で放蕩者を『ドラ息子』と言うらしい。『ドラ』は『鐘』を意味するらしく、『撃てば響く』が掛かってる。あたしは名前が無いから。それを名乗ってる」
「そ、そうなんですか……」
 なんと答えるべきなのか、姉は言葉を詰まらせた。
「そういうお姉さんたちの名前、そういえばまだだよね?」
「あ、失礼しました。わたくしはルシエット・フィン・シル……」
「姉さん!」
 遮った妹の声に、禿頭と少年が振り向く。ドラ娘は蝿を払うような手つきで彼らに何も無いことを伝える。


「あのさ」
 ドラ娘は長い髪を掻くと、ちょっと困った様子で続けた。
「あたしはトリティオンよりさらに東の、ランディック大山の出身で、このあたりの人間には蛮族って呼ばれてる。実はこういう川を見るのも初めてなんだよ」
 不毛の地であるランディックの水源は、洞窟の奥の井戸だった。当たり前のことが当たり前でないと知り、きょとんとする姉妹。ドラ娘はちょっとはかなげに微笑むと、声をひそめて続ける。
「で、実は同性の友達っていないんだよ」
 年下の、しかし普段は強気な娘の頬を赤らめての告白。姉妹はちょっとドキッとした。
「ドラ娘なんていう変なのだけど、仲良くしてくれる?」
 姉妹は顔を見合わせた。この娘は、姉妹が秘密を抱えていることには気付いている。だが、頓着しないつもりなのだ。
「ルシエットよ。ルーシィって呼ばれるわ」
「私はユーフレット、愛称はユフィよ」
 ドラ娘は満面の笑みを浮かべると二人に抱きついた。バランスを崩した三人は小川になだれ込み、驚いた禿頭と少年が、今度は駆け寄ってきた。
 びしょ濡れになりながらクスクスと笑うルーシィと、しぶきを散らして罵倒するユフィにはさまれて、ドラ娘は大声で笑った。

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2008/08/05 12:23 | Comments(0) | TrackBack() | R2OS

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