大陸西部の街道を、二頭立ての馬車が進んでいた。
幌付きの馬車は鉄製の枠がつけられており、かなり上等なつくりだ。引く馬は若くは無いが骨が太く、荷馬としては優秀な部類に入るだろう。
御者台に座るのは禿頭の大男。筋肉質な胸と頭部に翼飛竜の刺青を入れており、名もドレイクといった。
「治安が悪いみたいだな」
幌の中に話しかけるドレイク。
「そうなの?」
返事は、女の声だった。まだ若い。幼いとも言える。
「商人とすれ違ったが、挨拶無しだ。変な因縁つけられたくないんだろうな」
「ドレイクが悪党面だからだよ」
意地の悪い笑い声。ドレイクは憮然とした。
「お前とて人相は良くあるまい」
「あたしは『見た目は』普通だよ。ドレイクは奴隷監督とかにも見えるね」
「監督される側だがな」
「違いない」
トリティオンの秋祭は、東西の珍品名品が集まるとして名高い。物見に行く貴族も多い。無論、それに乗じようとする輩も多くなる。
ドレイクと女、そして馬車の中で寝ているもう一人の同行者は、祭とは関係しない。ただ、それぞれの目的のために進んでいる。
しかし、それにしてもすれ違う人数が多い。トリティオンの祭は一週間で、残りは半分足らずだが、それでも向かう人間は多いようだ。逆に、離れる人間は少ない。
「やあドレイク」
ロバを引いた商人が、気軽に挨拶した。ドレイクはトリティオンでは意外と有名だ。顔見知りも多く、こう言うことも少なくない。
「一時間ほど前に二人連れの女とすれ違ったんだが、二人とも旅慣れてなさそうでさ」
商人は眉根を寄せた。心配なのだろうが、その鼻の下が微妙に緩む。
「良かったらその馬車乗せてやんなよ、きっといい思いできるから」
「……そうかい」
ドレイクは微妙な返事をし、商人に礼を言った。この馬車が同行者の持ち物であることや、女連れであることは言わない。面倒になるだけだ。
「女二人って危ないのかい?」
馬車の中から娘の声。
「お前は特別なんだろうよ」
日が傾くにつれ、すれ違う人間は少なくなる。街道とはいえ、野犬などの猛獣が出ないとは限らないし、途中にいくつもの宿場がある以上は屋根のある場所で寝たいのが人情だ。
宿場に宿を求めないものにはいくつかのパターンがある。急ぎの旅や、金銭的な理由。そして、泊まることができない。
ドレイクらは、二つ目が理由だった。三人とも野営には慣れているし、宿場で目を放したうちに馬泥棒に会うほうがよっぽど面倒だからだ。
そして、ドレイクの視界に居る連中は一つ目と三つ目が理由だろう。
「かなりの別嬪じゃねェか!」「おいおい、傷物にすんなよ!」
下品な笑い声。怯える二人の女。ドレイクは厄介ごとに顔をしかめ、幌から顔を出した娘が感嘆した。白い肌の娘だった。人形のような無色の髪と、抜けるような肌。血の色の瞳。それでいて、娼婦のように素肌を露出していた。
「なるほど、『そういう』危ないか」
娘が馬車から降りる。右手には手斧。二人の女を囲む悪党は片手では数え切れないが、両手はいらない程度の数。
「あの女はどうなる?」
娘の問いに、ドレイクは面倒そうに馬を止めた。脇に差した長剣を引き抜く。
「壊れるまであいつらの慰み者か、奴隷か花街に売られる」
面倒そうな顔とゆっくりした動き。しかし、目は真剣だ。
「お祭って、怖いもんだね」
娘は肩をすくめると、猪突した。