大陸西部の街道を二頭立ての馬車が南下していた。幌付きの馬車は鉄製の枠がつけられており、かなり上等なつくりだ。引く馬は若くは無いが骨が太く、荷馬としては優秀な部類に入るだろう。
御者席には禿頭の男と金髪の娘。金髪の娘は不安な様子で、馬車の前を歩く人影を見ている。
馬車の前を歩くのは、防塵衣を着込んだ人影と、御者席の娘に良く似た金髪の娘。
「ユフィさ、歩きにくくない?」
防塵衣の人影が、隣を歩く金髪の少女に問いかけた。ユフィという少女は額の汗を拭うと、首を振って応えた。何か言うのも億劫なのだ。豪華ではないが質のいいスカートは足にまとわりつき、装飾品が肩と腕に食い込む。高いヒールの靴は整備された道なら良いが、すこし路面が悪くなるとすぐに足を痛めつける。実はユフィの白い足は靴擦れでぼろぼろだった。
御者台に座るユフィの姉も半日前に同じように歩いており、現在足に巻いた包帯に血を滲ませていた。
姉は、もう少し歩いた。音を上げなかった。姉への対抗意識が無いわけではない。いつも温和な姉に負けたくない。しかし、それと同じくらいに姉の妹でありたい気持ちがあった。姉に誇ってもらえる妹でありたい。いつもそう考えていた。
だから、まだ平気だ。
何も無いところでつまづき、転倒する妹を見て飛び出そうとする姉を、禿頭の男が制した。有無を言わせぬ視線。足が言うことを聞かないのか立ち上がれない妹に、防塵衣が近づき肩を貸す。
「ルーシィさん、今行ってもあんたも足を痛めるだけだ。あいつが連れてくるまで待つんだ」
心配で気が気でない姉。きっかけは、昨日。自分の発言だ。
「どうしてドラ娘さんはいつも歩いているんですか?」
禿頭の男の隣に座ったルーシィは、当然の疑問を投げかけた。二頭立ての馬車は頑丈で、五、六人までならば安心して乗れるだろう。しかし防塵衣のドラ娘は、日中を常に歩いていた。
「あたしたちがどれくらい旅するか分からないけど、馬が結構疲れるらしいんだ」
戸惑うルーシィ。禿頭の男を見るが、彼は視線をそらしてしまった。ルーシィと、今は馬車の中で寝ているユフィは、好意でこの一行に参加している。馬の疲労を考えるならば、誰であろう彼女ら姉妹こそがその原因ではなかろうか。
故あって。
「私も歩きます!」
となったのだ。
「大体、そんな格好で長時間を歩こうって言うのがおかしいんだ」
「ドレイクさんごめんなさい」
禿頭の男が、ユフィを馬車に担ぎ込み、応急処置をしていた。無理をしていたのだろう。心配そうなルーシィがいくら覗き込んでも、妹は寝息を立てるばかりだ。
「とりあえず、今日明日は休め。まずは靴擦れを治さないとどうしようもない。明後日に町につく。そこで靴を買え。ついでに代えの服もだ」
「え・・・?」
ルーシィは頬を染め、身を縮めて顔を隠した。眉をひそめるドレイクに、ルーシィは金魚のように口をパクパクした後、意を決した様子で尋ねた。
「に・・・臭いますか?」
「・・・お前ら、事情があって何かから逃げてるんだよな?」
「え!? ・・・ご存知だったんですか?」
ドレイクは天を仰いだ。何も気付いていない振りを続けてきたのに、ついやってしまった。
「下着の替えもないだろうし、動きやすい服だってある。まだ臭いは気にならないが、いつかは臭くもなるだろうよ。それより何より、服や装飾品で足が付くとは思わないのか?」
ルーシィはドレイクの言葉にしばらく呆然とした後。愕然とした様子で頷いた。
「ドレイクさんてすごいんですね!」
ドレイクにはもう、言葉も無かった。