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2025/06/07 02:49 |
雨上がりの
 ピカッ! どーん……!
「あー……しまった」
 顔にかぶせた本が落ちる。寝起きの寝ぼけ眼で頭をかく仕草。雨が降り始めたと思って、腰を上げた頃には豪雨。蒸し暑かったから来るかなとは思ってた。ただ、それは言い訳になってしまったようである。
 洗濯物を部屋の中に放り投げて、びしょびしょになった白い髪を、びしょびしょのちょっと手前のバスタオルで拭き、寝癖のなくなった髪を後ろで束ねる。
 どうせ汗をかいて着替えるつもりだったから、と、苦笑しながらシャツを着替え、本を拾い上げ机に置き、洗濯物は部屋に吊るす。それからソファーに腰掛けて、本を手にしたところで動きが止まる。
「……夕立か」
 黒い空を見上げてから玄関へ。少し立ち止まってから靴をはく。傘は二本。一本は広げて右手に、もう一本は閉じたまま左手に。
 轟々という詞がぴったりなどしゃ降り。傘の持ち主こそどこ吹く風と微笑んでいるが、ズボンと傘は何かの冗談に思えるほど現在進行形で濡れている。
 一日の時間の中だとちょっとの間の、嘘のような大雨。いっそ潔いまでに降る雨は少し心地よいほど。真っ黒な空があと数十分で夕焼けに変わると思うと、またそれも不思議な出来事に思える。
 しばらくしてから足が止まったのは赤レンガ造りの古く大きな洋館、町の図書館の前。それから時計塔に目を移して微笑むと、ゆっくり傘を閉じる。
 雨の音に耳を澄まし、でも洋館の中には入らずに入り口で立ち尽くす。出入りはほとんどない。たまーに入り口まで来てうんざり顔で引き返す人がいる程度。
「あと二、三分くらいか……うーん、先にあがるかなあ……ぎりぎりか?」
 雲行きを見る。あたりを見回す。次第に人が増え、流れていく。もう一度空を見る。少し雨の勢いが無い。
「帰ったかな……ん?」
 視界が突然真っ暗に。小さな手のひらの温もりと、がまんしている笑い声はいつものこと。
「ユエ?」
「だーれ……マクさん、早すぎますよ!」
「誰かさんの悪戯には慣れててね。これから帰り?」
「はい。えっと……マクさんは?」
 予想していなかったお迎えに、少女が遠慮がちに尋ねる。
「下町に用事があってね、たまたま通りかかったところ。一緒に帰る?」
 びしょびしょの姿で傘を二本もってその台詞。けれど本人は大真面目。ユエの視線が二本の傘に下りたところで、ようやく墓穴を掘ったと気付いているありさま。
「はい。いつもありがとうございます。でも、雨、止んじゃいましたね?」
 満面の笑顔でお礼をする少女を見て、白髪が照れ隠しに目を泳がせる。ただ、袖を引く手はちゃんと握り返していた。
「あ、マクさん、綺麗な虹ですよ」
 綺麗な大きな虹。それを指差す少女を見て、白髪は満足げに微笑んでいた。
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2008/08/20 01:31 | Comments(0) | TrackBack() | 天測飛行
ドラ娘と夕立

 大陸西部の街道は、南部へと枝分かれしていた。Y字路には木製の看板があり、それぞれの行き先のほかにいくつかの注意事項が書かれていた。

 

「東、トリティオン。その北には生命の欠片もない不毛の砂漠、南には異形蠢く『屍鬼の森』、東には蛮族の領土テルノーン山脈。その先には恐るべき大汚染域。戻るタイミングを間違えるな」
「南、魔術都市レインバックと、レインバック共和国。知識を求めるものに幸いあれ。されど、その身に刻まれる可能性も忘れるなかれ」
「北西、十字路の街ヴィルヘルム。ここより大陸西部←レインバックは西部で無いと?」

 

 看板より南。レインバックへ向かう街道を二頭立ての馬車が進んでいた。幌付きの馬車は鉄製の枠がつけられており、かなり上等なつくりだ。引く馬は若くは無いが骨が太く、荷馬としては優秀な部類に入るだろう。
 しかし午前中からのうだるような暑さに、流石の馬もへたっており、それ以上に馬の横を歩く防塵衣の人影の消耗が激しかった。
「おいおい、お前は山脈の生まれだろ? 暑いのはお手の物じゃなかったのか?」
 御者をしている禿頭の男のからかい混じりの声に、防塵衣の人影はうろん気に振り返る。声を出すのも鬱陶しそうに、フードの中の額を拭う。
「暑いのは平気だよ、平気なはずなんだけど、何でこんなに汗が出るのかな? ちょっとおかしくない?」


 防塵衣の中から漏れた声は少女のもので、馴れない湿度への戸惑いが色濃く出ていた。彼女のこれまで過ごしてきた世界は湿度とは無縁であったのだ。テルノーン山脈は地肌の目立つ赤い山脈で、彼女が暮らしていたランディック大山は、その中でも特に荒廃していた。
「馬車で休んだらどうですか?」
 馬車の幌内からたおやかな声。しかし防塵衣の娘は首を振った。
「ただでさえこの暑さだ。馬だって楽じゃない。定員越えて潰したら後々困る」
「すみません……」


 まったくの正論に、馬車の声が尻すぼみになる。
「あいつの言うことも最もだが、あんたが謝る必要は無い。あー、ユフィさん?」
「ルーシィです」
「……失礼」
 禿頭を掻く御者、防塵衣の娘が噴き出した。
「間違えんなよな」
「わるかったよ」
 憮然とする御者。馬車の中からは困った雰囲気。
「あ、あの。私たち声も良く似てますんで、間違えられるのは慣れっこですから!」


 あまりにも必死な様子に、御者と娘が微笑む。
「あ、空が曇ってきましたよ。雨が降るかも」
「ほう、よく知っているな」
「ええ、その。昔うちに勤めていた庭師に……あッ!」
 誤魔化しのはずが秘密にしていることをついこぼしてしまい、落ち着かないルーシィ。隣で眠る妹を恐る恐る覗き込み、彼女が完全に夢の世界にいることを確認してほっと一息。そして囁き声で二人に。
「いまのは、妹には言わないでくださいね?」
 笑い顔で頷く御者と違い、防塵衣の娘はなぜか慌てた様子だった。
「雨が降るのか? 馬を守る道具は? 濡らすわけにはいかないだろう」


 御者とルーシィは顔を見合わせ首をかしげた。娘が何を慌てているか分からないのだ。と、遠くの空が光を放ち、数瞬後に轟音が響いた。
「きゃん!」
 子犬のような悲鳴をあげ、ルーシィが御者に飛びつく。御者は彼女の頭を軽く撫でると、馬車の中に押し返した。
「ああ、振りそうだな。少しは涼しくなりそうだ」
「いいから、何か無いの!? 馬が死ぬぞ!」
 怒鳴る娘、その慌てように御者は気圧されたが、すぐに気づいたように眉根を寄せた。
「……雨は、毒じゃないぞ?」


「え?」


「で、でも大汚染域はこんな感じの嫌な暑さで、雨が降ったら肉が溶けて……」
 しどろもどろとする娘、御者とルーシィは再び顔を見合わせ笑った。憮然とする娘を代弁するかのように再度雷鳴が響き、ルーシィは御者に抱きつき、そして自分がどれだけはしたないことをしているかに気付いて目を白黒させた。
 暗くなった空を見上げた娘の頬に冷たい雫が当たり、娘はそれを拭って舐めてみて、ただの水であることに感嘆した。


2008/08/18 12:48 | Comments(0) | TrackBack() | R2OS
ふたりと夕立。
 ひどい雨だった。
 四時を過ぎるあたりから嫌な色の雲が西の空に広がっていると思っていたが、それにしてもひどい。突然の叩きつけるような豪雨。視界はアスファルトを跳ねる微酸性の踊り子達の肢体で遮られ、耳は雨粒が奏でる百億の足音を拾うのに忙しい。
 だが、彼にしてみれば行幸であり、救いの雨に他ならなかった。
 長い前髪が顔に張り付くのを、鬱陶しげにかき上げ、彼は荒い息を落ち着けた。服の上を這いまわる雨粒たちは無害。対して、彼を追う子供たちは有害だ。何とかしなければならない。どうにかして逃げるのだ。追いつかれたら終わりだ。なんとしても逃げ切らなければならない。
 ああ。
 彼は眼球に雨粒が飛び込むのを恐れずに荒天を仰いだ。そうだ。逃げられる。
「オレには〈かまいたち〉がついてるじゃないか!」




 〈足切り怪物〉が新聞に登場したのは二週間前。
 商店街を歩いていた会社員の足首が突然落ちたのが発端だ。
 周囲に怪しい人影は無く、凶器も見つかっていない。会社員の足は鋭い刃物で骨ごと切断され、商店街では突然の惨事に騒ぎが起きた。しかし人間の犯罪とは思えず、新聞社よりオカルトや宗教団体のほうが騒いだ。事故か、怪奇現象か。ネット上でも騒がれた。
 そして、その九日後。深夜の駅前で高校生の少年がバイクの事故で重傷を負った。ぞっとする事に、彼は事故の直前に片足を失っていた。この件は警察に事故として処理され、当地の新聞の三面に小さな記事が載るに留まった。
 しかしその四日後。三流オカルト雑誌が、二つの事件をつなぎ合わせ、さらに過去三十年の間に、近辺で似たような現象が二十件以上発生したことを発表。オカルト的な力が原因だと騒ぎ立てる。
 翌日。その雑誌の記者の足が落ちた。それと同時に圧力を受け、雑誌はその件から撤退。他の事故や事件の中で、そんな事件は誰もがすぐ忘れた。
 当事者を除いて。


 雑誌記者の書いた記事によると、〈足切り怪物〉が初めて登場したのは二十九年前。近所の小学校の運動会の最中だった。
 締めを飾るリレーの最中に、先頭を走っていた少年の脛が裂け、転倒したのだ。
 〈足切り怪物〉のそれとは違い、表皮と肉が傷つく程度の傷だった。少年はすぐに病院へ行き、五針縫った。次は二年後、近所の中学校の体育教師。翌年、陸上部の三年生。二年後、札付きの不良。〈足切り怪物〉のつける傷はだんだん大きくなり、そのころには骨を傷つけるほどだった。
 記者は、かまいたちのような現象だと書いていた。超自然的な現象だという固定概念が働いたのだろう。しかし、一部の人間は慄然とした。これは、人間の仕業だ。



 かくして、会社員が足を落として二週間。バイク事故から五日。雑誌掲載の翌日。記者が病院に搬送されて三時間の段階で、犯人が市内に住む三十五歳の元派遣社員で、足を落とした会社員は、二週間前まで彼の上司だったことが判明した。
 そして、三十五歳の男は危険で無益な超能力者だと断定され、狩りが行われた。


「〈かまいたち〉オレを守ってくれ」
 彼は、ずっとその能力に助けられてきた。運動会のときも、彼の前を走っていた奴を〈かまいたち〉が排除してくれたし、変態だった体育教師の手からも逃れられた。ライバルも排除してくれた。不当解雇した上司も、邪魔な不良も追い払った。
 大丈夫。今回も大丈夫。
 あの、三色と白黒の、不気味なふたり組みの外国人も〈かまいたち〉がきっと何とかしてくれる。だから、大丈夫―――


「―――そんなはず無いだろう」
 冷たい声に、彼は悲鳴を上げた。目の前には神父みたいな服を着た白髪で黒い肌の子供。足は……? 無傷だ。なぜ? なぜ?
 次の瞬間、黒い少年の足元で大量の雫が跳ねた。水溜りに飛び込んだような勢いに、彼は顔をかばい。そして少年がまったく濡れていないことに気付き、さらに、その身体を覆うように「なにか」があることを理解して、絶叫した。
 土砂降りの夕立が彼の恐怖も、絶望も覆い隠す。声はどこにも届かない。逃げようと振り返った先に、緑の髪の少女の影を見つけ彼は足をつんのめらせた。顔面からアスファルトにつっこみ、顔中を血と汗と涙と鼻水と泥と砂利で汚して、命乞いをした。





 少年は無慈悲だった。

2008/08/10 12:28 | Comments(0) | TrackBack() | R2OS
夕立の日

 晴れていた空にいつの間にか暗雲が立ち込め、やがて振り出した小雨はいつしか大粒の雨へと変わっていた。
 そんな中を、リュコスは娘を抱えて家路へと急いでいた。
 娘と遊んでいて天候の変化を気づけなかったことを後悔しつつ、ようやく家に帰り着いた頃には二人ともずぶ濡れになっていた。
 腕の中の娘を見れば、外で鳴り響く雷の音に怯えてすっかり震えている。
「よしよし、もう大丈夫だ」
 優しく声をかけながら、乾いた布でずぶ濡れの娘の身体を拭いてやるが、相変わらず娘は彼の腕から離れようとしない。
 このままでは自分が着替えることも出来ないので、リュコスはどうしたものかと考える。
 そんなとき、再び外で雷が鳴った。
「やぁ!」
 再び彼にしがみつく娘。顔を覗き込めば、青と金色の瞳はすっかり涙で潤んで今にも泣き出しそうな顔をしている。
 無理もないか、とリュコスはため息をついた。娘は、エリスはまだ三つなのだ。
 とりあえず自分も着替えなければ、と思い着替えのある自室へと向かう。
 不安そうな目をした娘を一度ベッドに降ろして、手早く彼女の着替えを済ませ自分の服を抜いたところで、また雷の音が響いた。
 今度こそ泣き出してしまった娘をあやしながら、リュコスは着替えを断念してベッドの毛布にくるまった。
 そして雷の音が鳴り終わるまで、外の雨が止むまで、ずっと娘を抱いていた。



「きゅ~」
 スターチスは、エリスのひざの上で震えていた。
 外は大粒の雨が降っているらしく、屋根に叩きつけるような音が鳴り響いている。
 同時に鳴っている雷の音が怖いのか、スターチスはエリスの傍を離れようとしない。
「え、エリス大丈夫?」
 彼女が未だスターチスに慣れていないことを知っているアッシュが代わろうかと声をかけたが。
「……すぐ止むだろうし、いい」
 と、彼女にしては珍しい返事が返ってきた。
 しばらくその様子を心配そうに見ながらも、やがてアッシュは夕食の支度に取り掛かった。
 その傍らで、エリスは本を読みながらスターチスの背中を撫でていた。


2008/08/08 23:53 | Comments(0) | TrackBack() | 村月ささら
ドラ娘と猛暑

 大陸西部の街道を少し外れたあたりに、二頭立ての馬車が止まっていた。
 幌付きの馬車は鉄製の枠がつけられており、かなり上等なつくりだ。引く馬は若くは無いが骨が太く、荷馬としては優秀な部類に入るだろう。
 馬たちはくつわを外され、小川の水を飲んでいた。手綱を持つ禿頭の男は体格が良く強面で、頭部と胸に翼手竜の刺青を入れていた。強い日差しが降り注ぐ中、男は手ぬぐいを水に浸し、器用に体を拭いている。
 馬の外された馬車の御者台には少年が座っていた。砂漠の民が身に付けるターバンと防塵衣は、傍目には暑そうだったが本人は涼しい顔だ。



「……よろしければ、お名前を教えてくださいませんか?」
 彼らから少し上流で、三人の女が水と戯れていた。川岸に腰掛け、白い脚が六本並んでいた。金髪碧眼の二人は姉妹だろうか、幼さの残る方の編み上げた髪を、もう一人が丁寧にほどいている。そして彼女らより一回り若い娘は、病的に肌が白く、直射日光は危険そうに見えた。
「ランディックに生を受け、部族は出奔した。父は私を裏切り、母は顔も知らぬ。そんなドラ娘だ」
「ドラ……?」
 白い娘の応えに、姉妹の姉が小首を傾げる。恐らく正式な名乗りをされたのだろうが、ドラ娘?
「東方の言葉で放蕩者を『ドラ息子』と言うらしい。『ドラ』は『鐘』を意味するらしく、『撃てば響く』が掛かってる。あたしは名前が無いから。それを名乗ってる」
「そ、そうなんですか……」
 なんと答えるべきなのか、姉は言葉を詰まらせた。
「そういうお姉さんたちの名前、そういえばまだだよね?」
「あ、失礼しました。わたくしはルシエット・フィン・シル……」
「姉さん!」
 遮った妹の声に、禿頭と少年が振り向く。ドラ娘は蝿を払うような手つきで彼らに何も無いことを伝える。


「あのさ」
 ドラ娘は長い髪を掻くと、ちょっと困った様子で続けた。
「あたしはトリティオンよりさらに東の、ランディック大山の出身で、このあたりの人間には蛮族って呼ばれてる。実はこういう川を見るのも初めてなんだよ」
 不毛の地であるランディックの水源は、洞窟の奥の井戸だった。当たり前のことが当たり前でないと知り、きょとんとする姉妹。ドラ娘はちょっとはかなげに微笑むと、声をひそめて続ける。
「で、実は同性の友達っていないんだよ」
 年下の、しかし普段は強気な娘の頬を赤らめての告白。姉妹はちょっとドキッとした。
「ドラ娘なんていう変なのだけど、仲良くしてくれる?」
 姉妹は顔を見合わせた。この娘は、姉妹が秘密を抱えていることには気付いている。だが、頓着しないつもりなのだ。
「ルシエットよ。ルーシィって呼ばれるわ」
「私はユーフレット、愛称はユフィよ」
 ドラ娘は満面の笑みを浮かべると二人に抱きついた。バランスを崩した三人は小川になだれ込み、驚いた禿頭と少年が、今度は駆け寄ってきた。
 びしょ濡れになりながらクスクスと笑うルーシィと、しぶきを散らして罵倒するユフィにはさまれて、ドラ娘は大声で笑った。


2008/08/05 12:23 | Comments(0) | TrackBack() | R2OS

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